金色の風の軌跡
#9
ノックの音に、レムオンはペンを走らせる手をそのままに「入れ」とだけ返す。
「失礼します」
一礼して執事のセバスチャンが入ってくる。
「レムオン様、アウラ様からお手紙が届きました」
「そこに置いておけ」
レムオンは書類から顔を上げずにそう指示する。セバスチャンが退室すると、レムオンようやくペンを置いて、机上に置かれた手紙に手を伸ばした。
あれから、そろそろ三年か――。
世界の存亡を賭けたエンシャントでの死闘から、三年が経とうとしている。いろいろあった。本当に、たくさんの出来事が。手紙の封を開け、レムオンはあの日々に思いを馳せる。
9
エンシャントでの戦いに勝利し、ソウルリープされた人々もみな助かった。闇の力は退けられ、各地の魔物も沈静化した。だがネメアが各国で起こした戦争の爪痕は未だ深い。各国が復興に向けて動き出すなか、レムオンはアウラとすれ違いの日々が続いていた。仲間のなかには故郷に戻り復興活動をする者、故郷が無事な者はアウラとともに各国を回り、支援活動を行った。レムオンはというと、当初はアウラについていくつもりだったが、ティアナとエスト、セバスチャンにロストール復興の助力を求められた。とはいえ自分はクーデターを引き起こし、さらにはダルケニスであることが露見したためとうに失脚した身だ。いまさらどんな顔でロストールに、と当初断るつもりだったのだが、アウラにも勧められ、将来的にはエストに家督を譲るという期限つきで承諾した。ティアナに対しては、彼女の母を殺したという負い目もあった。しかしそれはティアナ自身も覚悟していたことでレムオンを責めることはしなかった。王宮という箱庭の中で育ってきたティアナは、エリスという大きな後ろ盾を失い、この国の初の女王に祭り上げられた彼女。突然荒波に放り出されたようなものだが、そこはあのエリスの娘。「ファーロスの女狐の娘ですもの」と、気丈に立ち振る舞い公務をこなす彼女には感心した。これなら弟に家督を譲るのも後数年とかからないかもしれない。
アウラと会えないまま、一年が過ぎようとしていた。
ディンガルとロストールは和平条約を締結し復興も一段落ついたころ。アウラの元にはかつて旅をした仲間からの誘いが後を立たなかった。彼女と二人きりで旅がしたいという者、一緒に故郷へ来ないかと言う者。だが彼女はそのどれもを断った。
そんな折ある噂が広まる。アウラがネメアと新大陸へ旅立つ、と。
噂が流れたころ、レムオンは未だリューガ邸にいた。
「よう、元気そうだなレムオン」
そんななか、ゼネテスが訪ねてきた。
「何の用だ。見てのとおり俺は忙しい」
「つれないねぇ。客の相手くらいしてくれたっていいだろう」
執務室で書類の束にサインしているレムオンにおかまいなしに、ゼネテスは備えつけのソファに座る。リューガの変で虚偽の罪状をかけられたゼネテスは失脚した身だ。その後すぐにレムオンもダルケニスだと露見し失脚したことでうやむやになったが、ゼネテスは再び貴族に返り咲こうとはしなかった。各地の復興活動が落ち着いた今は自由気ままな冒険者として各地を放浪し始めているらしい。たまにロストールに顔を見せてはティアナやレムオンのもとに訪れ、今も資金面などで援助を続けている。
「勝手に来ておいて何が客だ」
いつものように憎まれ口を返すが、以前ほどの鋭さはない。
「それで、用件は何だ」
「明日の朝発つそうだ」
「……ほう」
誰が、とは聞かずともわかった。
「……いいのか?」
「何がだ」
「やれやれ……おまえさんもちっとは変わったかと思ったんだが、俺の見当違いだったかねぇ」
「何の話だ」
レムオンは無性にいらいらしてきた。
「ここで手を伸ばさなかったら、このさきずっと手に入らないかもしれないぜ?」
「……だから何だ。もう遅い。今さら手を伸ばしたところであいつはもう、他の男の手を取ったんだ。それが答えだろう」
相手はあのネメアだ。あの男相手には、たとえどんな男であっても、悔しいが太刀打ちできなかろう。
「アウラからそう聞いたのか?」
「聞くまでもないだろう!」
アウラはネメアと旅立つ。これが何を意味するかわからないわけはない。
「聞いてこいよ。あいつの口から直接。レムオン、おまえさんは自分の気持ちにばかり目がいっちまって、あいつが今抱え込んでるもんを見落としている」
「どういう意味だ。今さら何を聞けと言うんだ!」
「そう怒鳴るな。直接アウラの口から聞いてこいって言ってんだ」
ゼネテスが鋭い眼光でレムオンを射抜く。レムオンもまた睨みかえし、しばらく睨み合いが続いていたが、やがてゼネテスが目を離す。
「ま、どうするかはおまえさんしだいだよ。だがな――おまえさん、今まで一度だって惚れた女にきちんと想いを伝えたことがあるかい? たとえ振られたとしても、それならそれですっぱり諦めがつくだろう。いつまでも想いをくすぶってたんじゃ苦しいままだぜ」
邪魔したな、とゼネテスは部屋を出ていった。
悔しいがあの男の言うとおりだ。幼い頃から想い続けゼネテスの婚約者となったあとも、告白も諦めることもできないままティアナへの想いを引きずっていたときと同じ状況だ。
「そうだな……奴の言うように決着をつけるべきだろう」
レムオンが出かける支度を始めたときだった。
「あれ? レムオン出かけるの?」
階下に降りると、アウラが訪ねてきていた。
「おまえ……なぜここに」
「何よー、来ちゃいけないわけ? そりゃ、もうあんたの妹じゃないけどさ」
レムオンがあまりに驚いた顔をしていたからか、そんな答えが返ってくる。
「そんなわけ……ないだろう」
アウラはキョトンとした。レムオンからいつもの憎まれ口が出なかったからだろう。だが、まさか会いに行こうとした矢先に相手のほうからやってくるとは予想していなかったために、咄嗟の軽口も出なかったのだ。
「えっと、出かけるつもりだったんならごめん。出直そうか?」
「いや、いい。構わない……ちょうどおまえに会いに行こうと思っていた」
「あ、そうなの」
実はわたしもすっかり忘れちゃってたんだけど、とアウラが話し出した。
「前に話がある、って言ってたじゃない? だから、旅に出るまえに聞いとこうと思って」
「――俺がクーデターを図った日、俺の正体が暴かれ、おまえを傷つけてしまったこと、覚えているか?」
「うん」
「あのとき俺は我を忘れていた。だから気づかなかったが……思い出したんだ。おまえはあのとき、俺に血を吸われながらも抵抗しなかった。俺のために、そうしてくれたのだろう?」
あのときも抵抗されていれば、正気を取り戻した後でアウラを傷つけたことを激しく後悔し、姿を消していただろう。
「ずっと……手を握ってくれていたな。俺が正気を取り戻すまで。あの夜と同じように」
新月の香によって正体が暴かれたときも、レムオンが我に返るまで傍にいて震える手を握っていた。
「アウラ……おまえを愛している。ようやく気づいたのだ。俺はもう、おまえを離したくない」
アウラはただただ瞠目していた。
「レムオン……」
「アウラ……」
溢れそうなほど大きく、自分を見返す瞳をレムオンは真摯に見つめ返す、一瞬の間。
「ティアナのことが好きなんじゃなかったの?」
――何だと?
「だって、レムオン……ティアナのことずっと好きだったって」
言ってたし、と尻すぼみになっていくアウラの言葉にレムオンは頭を抱えたくなった。
「確かに言ったが、それはもう過去の話だ。今は、おまえだけを愛している」
「え、えーっと……ちょっと待って!」
アウラは必死に頭を整理しているようだ。
てっきりティアナが好きなんだと思っていたアウラからしてみれば青天の霹靂なのだろう。
「わかっている。おまえを困らせるつもりはない。ただ、俺が自分自身の気持ちにけじめをつけたかっただけだ。おまえは明日ネメアとバイアシオンを発つのだろう?」
「え? うん……」
「達者でな」
レムオンは背を向ける。早々にこの場を去りたかった。
「えっ、ちょっと待ってよ」
だが意外にもアウラが呼び止めた。
「わたし、まだ返事してないんだけど?」
「わかっているさ。おまえはネメアが好きなんだろう?」
「は?!」
素っ頓狂な声が上がる。
「何よそれ……どういうことよ?」
「何を言う。ネメアと二人で大陸を発つということは、そういうことだろう?」
男と女が二人きりで旅立つのだ。そこに何もないわけがない――とレムオンは思っている。最初は敵対関係にあった二人がいったいどのような経緯でそういう仲になったのかは知らないが、ネメアもアウラには一目置いていたようであるし、アウラも敵としてだけでなく、その存在は意識していた。エンシャントでの戦いでは二人がお互いの強さに信頼しあっていたのがレムオンにも伝わったほどである。
「ちっがうわよ! あーっ、もう!」
アウラは喚いたあと、気を取り直すように一呼吸おいてから言った。
「わたしがネメアについていくことに決めたのは、あんたが考えてるような理由じゃないわ」
そしてアウラが語ったことはレムオンにとって予想もしないものだった。
「わたし、恐いんだ」
「恐い?」
「自分のなかのウルグが、いつか暴走してしまうんじゃないかって。エンシャントでの戦いのとき、感じたの。今までにない力……自分でもびっくりするくらい大きな力が眠ってたんだって、そのとき思い知った。今までの自分じゃないみたいで……恐かった。いつか自分のなかのウルグが目覚めて、みんなを傷つけたらって思ったら……それが一番、恐いんだ」
「アウラ……」
「みんなに心配かけたくなかったから、あの戦いではなんでもないフリしてたんだけどね」
そうだ、忘れそうになるがアウラの身には破壊神ウルグが宿っている。強大な破壊神の力が眠っている――その不安や恐怖はアウラ本人にしかわからない。
戦いのあと、アウラは猫屋敷を訪ねたという。旅中も何かとオルファウスには世話になっていたので、彼ならば何かいい助言をくれるのではないかと。だがそこで、ちょうど屋敷を訪れていたネメアに会った。アウラの話を聞いた彼は言った。
『ならば、私とともに来るか?』
まさかネメアからそんな誘いを受けると思っていなかったアウラはたいそう驚いた。
『そうですねえ。しばらくネメアと旅をしてみるのもいいかもしれません。万一あなたのなかにいるウルグが暴走するようなことがあったとしても、まぁこの子なら止められるでしょうから』
ウルグが目覚めでもしたらアウラの精神はウルグに飲まれ、アウラの身体ごと倒すしかない。それをわかっていて本人をまえによく言えたものだ。冗談にしても笑えんぞ、あのハイエルフの大長めとレムオンは心中で毒吐く。
「確かに魔人を倒したこともあるネメアなら、安心かなって」
「そうか……」
何でもないことのように話すアウラにレムオンは歯がゆい思いを噛み締めた。アウラが抱えていた葛藤、不安を、自分では解消してやれないこと。そしてアウラに信頼を寄せられるネメアに嫉妬する。だが自分にアウラの形をしたウルグを倒すことなど、アウラに頼まれたとしてもできないだろう。精神的な理由だけでなく、実力的にも、魔人とのハーフであるネメアには及ばない。だがそれ以上に、レムオンは自分の不甲斐なさにどうしようもなく落ち込んだ。
「俺は、お前の不安にも気づいてやれず、自分のことばかりだったな……」
「え? そんな、謝んないでよ。レムオンはレムオンで、色々抱えてるもんがあるんだし。そんな落ち込まなくていいから」
そうは言うが、好きな女の不安も察してやれないとは。自分は彼女に救われたと言うのに。
「そうだな。おまえにとっては、ネメアとともにいるほうがいいだろう」
「レムオン? 言っとくけど、何もずっとネメアと旅を続けるって決めたわけじゃないわよ。ネメアにもそう言ってあるし。そりゃ、具体的な期間とかは 決めてないけど……わたしが今よりもっと強くなってウルグに負けないくらいの自信が持てたら、いつになるかわからないけど必ずまた帰ってくるつもりだから」
「いつになるかわからない、か」
「うっ……」
「ならば、旅立つまえに返事を聞かせてもらおうか」
「そう、言われても、いきなりで」
「問答無用。いつ帰ってくるかもわからん女の返事を待ってやるほど俺は鷹揚じゃない」
「ごもっともです……」
しばしのあいだ、アウラはあー、だの、うー、だの言葉にならない声を漏らしてはうつむいたり、はたまた視線をあちこちへ飛ばしたり、終始落ち着かない様子だった。やがて答えが決まったのか、レムオンをまっすぐ見据える。
「レムオン。わたし、あなたのことが、好き――だと思う」
「……〝だと思う″?」
「うぅ……だ、だっていきなりあ、愛……してるとか言われたって、今までレムオンはティアナのことが好きなんだと思ってたし……そんな、いきなり意識とか……」
訥々と話しながらも、その顔が心なしかだんだんと朱に染まっていくようにレムオンには見えた。本人は、いきなり意識するのは無理だと言っているが、これはもう充分意識しているのではないか。
「そうか。ならばせいぜい意識しろ。これからじっくりとな」
「レムオン……もしかして待っててくれるの?」
「しかたないから待っていてやる。ただし、俺は気が短いからな。あまり遅いようなら、俺はおまえに振られたのだと解釈しよう」
「な、何よそれ」
「惚れた女が他の男と二人で旅に出るのだぞ? しかもいつ帰るかもわからんという。それを黙って待っていてやると言うんだ。これほど心の広い男もいまい?」
アウラは押し黙った。ぐうの音も出ないようだ。
「じゃあ、明日の朝、エンシャントの港から発つから」
「あぁ」
レムオンは仕事の関係上、見送りには行けない。だからここで見送ることになる。
元気で――とアウラが屋敷に背を向きかけたとき、とっさに手を伸ばし――
気づけば口づけていた。一瞬驚いたように跳ねたアウラの身体ごと抱き締める。
「気をつけて行ってこい」
「うん……レムオンも、元気で」
絶対帰ってくるから。
そう告げてアウラは旅立っていった。
*
レムオンは読み終えた手紙をしまう。
――ようやく、か。
今思えば、旅立つことをよく許したものだと過去の自分を褒めてやりたい。
当初は一、二年でロストールを去るつもりだったレムオンだったが、アウラの帰りを待つため未だロストールで執務をこなしては、稀に届く手紙を読む日々。新大陸にも冒険者ギルドのような組織があるらしく、手紙は長い時間をかけ海を越えて届く。それ故にあまり頻繁に送られることはない。
それにしても不思議なものだ。彼女がこの大陸にいたときですら、手紙のやりとりなどしたことがなかったというのに。
この約三年のうち、自分がやれることはやった。エストへの仕事内容の引き継ぎも大半は済んでいる。あとは正式に家督をエストに譲渡すれば、レムオンの役目は終わる。そのあとは――
手紙にはあと一週間ほどで帰ると書いてあった。
その夜、就寝しようと自室の明かりを消そうとしたところ、物音がしてレムオンは手を止めた。窓ガラスに何かがあたったらしい。怪訝に思いながら窓のそばによると――レムオンは瞠目して窓を開く。
「アウラ!?」
「あはは。ただいま」
「『ただいま』じゃない! 何やってるんだ!?」
レムオンの部屋のまえに立つ木の上に、アウラはいた。
「今すぐおりろ! 俺もそっちに行く!」
急いで庭に回ると、アウラが木からおりているところだった。
「まったく――何をやってるんだ、おまえは」
「だって……あっ!」
ずるり、と足を滑らせる音にレムオンがはっ、とする。
「アウラ!!」
落ちてくるアウラに手を伸ばした。
「――ご、ごめん……」
「おまえな……」
レムオンはアウラの下敷きになっていた。
幸い、落ちてきたときにはそれほど高い位置からではなかったため、たいした怪我にはならなかったが。
「まったく……女が木に登るとははしたない」
「どーせ野蛮なじゃじゃ馬よ、悪かったわね。でも、そーいう私のことを好きなんでしょ?」
レムオンはふっ、と笑った。
「そうだな。そんなじゃじゃ馬を好きになってしまったのだからしかたあるまい」
「……自分から聞いといてなんだけど、レムオンってそういうことさらっと言えちゃうのね」
「何がだ?」
「何でもないっ――ただいま、レムオン」
「あぁ、おかえり」
ところで、とレムオンが切り出す。
「いつまで人のうえに乗ってるつもりだ?」
「あ。ごめんっ」
身を起こし、離れようとするアウラを引き寄せ、そして――
「レ、レムオン!」
半ば強引な口づけのあとに、アウラは身を離した。夜なのでわからないが、その顔はきっと赤く染まっているだろう。
「嫌だったか?」
「嫌、じゃないけど……いきなりだからびっくりしただけ!」
「それはすまない。では次からは伺いを立てるとしよう」
「そ、それはそれで恥ずかしいからいいっ」
ようやく身を起こしたところでレムオンは言った。
「それにしても驚いたぞ。手紙にはあと一週間とあったからな。今夜帰ってくるとは思わなかった」
こちらに手紙か届くのにタイムラグがあったせいだろうかと思ったが。
「早く帰ってレムオンを驚かせようと思って」
「それでこんな夜中にか? てっきり俺に早く会いたかったからなのかと思ったんだがな」
「……そう、かも」
うつむきながら答える様子がしおらしい。てっきり否定か嫌味のひとつでも返ってくると思いきや、意外な反応にレムオンも用意していた言葉を忘れ、顔が熱くなる。
「バイアシオンを発ってからレムオンのことばかり思い出しちゃって……気づいたら、破壊神のことなんてどうでもよくなってた」
「アウラ……」
レムオンはその身体をひし、と抱き締めた。
「俺もずっとおまえだけを想っていた。だが不安だった……離れている時間が長ければ長いほど、おまえが心変わりしないかと。俺は疑り深くて臆病なんだ。おまえの気持ちが今も俺にあるのか――確かめてもいいか?」
その言葉の裏に含まれた意図に築いて、アウラは火照る顔を自覚しながら小さく頷いた。
*
「――それで、ついに結ばれたわけか。レムオンもとうとう男になったんだな」
「うるさい!」
なぜ俺はこの男にアウラとの顛末を明け透けに話しているんだ。レムオンは酒で漠然とした頭の片隅で考える。
ここエンシャントの酒場ではいま、エアウラの帰還祝いが開かれ、昔の仲間たちが一堂に会していた。とはいえゼネテスのように、祝いは半ば名目でただ酒盛りをしたいだけの面子もいるようだが。
「しかしあのネメアを振るとは、アウラもたいした娘だ。そんなエアウラを射止めるとはおぬしもたいした男じゃのう」
ゼネテスの横でアンギルダンも囃し立てる。
「あーあ。せっかく帰ってきたんだから今度はあたしの旅に誘おうと思ってたのに、こーんな貴族の優男なんかに愛しのアウラを取られちゃうなんて、カルラちゃん一生の不覚~って感じ」
誰が優男だ、とレムオンは睨むが、カルラはどこ吹く風である。
しかし厄介なのはカルラだけではなかった。思わず眉間に皺を寄せたくなる言葉がレムオンの耳に飛んできた。
「ちょっとアウラーっ、わたくしよりこんな貴族のほうがいいっていうわけ?! これだから下等生物はー! 高貴なわたくしと一緒に旅をしないこと、いつか後悔してよ!」
「残念だな。ボクもアウラと一緒に旅したかったのに。レムオンと別れたらいつでも言ってね。キミが呼んでくれたらどこにいたって飛んでいくからさ」
「おねえちゃん……じゃなかった、アウラ! エリエナイ公に酷いことされたら言ってね。エリエナイ公も、アウラをなかせたら承知しないからね!」
「そうですね。わたしたちはどこにいてもあなたの味方ですから、アウラ様」
「アウラさん、あの……またいつかロストールの酒場にいらしてくださいね。次こそはおいしい料理、作れるように頑張りますから」
どうやらアウラは女性陣にもモテるようである。さすがにアウラがそれらの誘いに靡くとは思えないが、レムオンも面白くない。これ以上ここにいてはいつ己へ恨み言が向かってくるかわからないので、隙を見てアウラと酒場を抜け出した。
「あー、あんなに騒いだの、久しぶり」
「そうだな……」
昼過ぎから始まった酒盛りだが、外に出るとすっかり陽が落ちていた。夜の港は人もまばらまで静まり返っている。
「レムオン? 気分でも悪い」
「別に、そんなことはない」
「……もしかして、妬いてる?」
「……」
「ごめん、冗談だから。そんなむっすりしないでよね」
「あぁそうだ。妬いてるさ。おまえがあんなに好かれているとはな」
アウラは驚いたようで、少しの間のあとに、言った。
「みんなのことは好きだけど、レムオンは……特別だから」
再び沈黙。
何気なくさらっと言われたひと言が、じわじわと温かく染み入ってくる。今さらわかりきったことだが、改めて言われるとやはり嬉しいものだ。
「わっ! レムオン、急にびっくりするってば」
「許可が必要か?」
「……いらないです」
いちいち許可を求められたら返って恥ずかしい。
しばらくそうして、お互いの体温を充分感じあったあと、身を離しレムオンは切り出した。
「アウラ。俺は今日、エストに正式に家督を譲渡した。もうエリエナイ公ではない、これからはいち冒険者としておまえと旅をしたい」
いいかと訊ねる。
「うん。あのね、レムオン。よかったら新大陸を旅しない?」
「新大陸を?」
「そ。新大陸にはバイアシオンでは見かけないものも珍しいもの、いろんな発見があったんだ。変わった食べ物とか、風習とか……もちろん、バイアシオンと同じところもたくさんあるけど。バイアシオンより差別や偏見がない国もあるの。冒険しながら、レムオンと一緒に旅してみたいなって思って」
「そうか……そうだな」
新大陸で冒険するのもいいかもしれない。レムオンが思い始めたとき。
「姉ちゃん」
その声に振り返るとアウラの弟が立っていた。
「チャカ」
「ごめん、盗み聞きするつもりなかったんだけど……。またバイアシオンを出るのか?」
「えっと……レムオンがよければ」
ちらりとアウラが見上げてくる。答えようとしたとき、チャカが言った。
「そっか。これだけは忘れんなよ、どこにいたって俺は姉ちゃんの弟だからな! これからは俺が、姉ちゃんの分まで父さんの畑、守っていくからさ」
一瞬、アウラはわずかに目を見開いたあと、うつむいた。すぐに顔をあげると、笑って弟を小突く。
「なに生意気なこと言ってんのよ。でも……ちょっと見ないあいだに成長したじゃない」
「いてっ。そりゃ俺だって父さんの息子で、こんな姉ちゃんの弟だし」
「こんな、って何よ?」
「いてててて!!」
明るく笑うアウラの目は潤んでいた。
「レムオンさん! 姉ちゃんのこと、よろしくお願いします!」
「あぁ。大切にする」
深くお辞儀をすると、チャカは去っていった。
「まったくもう。いっつもひと言多いんだから」
愚痴をこぼしながらも、弟の姿が見えなくなるまでアウラは見送っていた。
「えっとー、何の話してたんだっけ?」
「新大陸だろう? 構わん。おまえがいるところならばどこへでも」
たとえ地の果てだろうとも、おまえとなら。
END
ゲーム中のストーリーを最初から最後までそっくりそのままなぞっただけでは必要以上に長く間延びしてしまうので書きたいイベントだけ抜粋し、あとは最低限の説明のみとなっています。
独自解釈を交えた描写や、ゲーム中には存在しない描写も含む。
#1
この話では、仲間にできるキャラ全員生存ルートのため、主人公はディンガルとロストールの一回目の戦争でディンガル側についている。そうしないとアンギルタンが生存できないのでそこは原作通りに。
#3
本当はレムオン吸血イベント前にザハクとの戦闘があるのだが、テンポが悪くなるので描写はカット。吸血イベント発生条件下ではゼネテスは死亡しなきゃならないのだが生存していたり、といいとこ取りな感じでゲーム中イベントにも多少の捏造あり。
こんなにいろんなことが続けば主人公倒れてもおかしくないだろうということでその辺りもオリジナル。
#4
エリス経由でロストール側で戦争に参加できるのは本来は第一次ロストール侵攻のときのみ。
#9
最終戦大幅ねつ造。